機会損失と複利について書きたい。ベンチャーと複利について書いた後に書けばまとまりそう。
現象、再現、構造、交換可能性、投資。すべての現象にROIが割り振れ、投資としてみれることを用いて考えたい。
まず投資可能性というバリューについて考えたい。投資をしたくともロックされていてできないということがある。投資可能性をロックできる権利というバリューがある。すばらしいROIで1兆円の市場規模(それは投資飽和ということでもある)を蹂躙できるインベンション=イノベーションを発明した個人なり主体は、それに対する投資をロック(占有)でき、投資可能性というものを獲得できる。投資主体はキャピタルゲインといった別の現象を期待して投資することになり、その現象そのものは作成主体に由来するようになる。サブジェクトからプロジェクトへってフルッサーの本が頭をよぎるな。
インベンション=イノベーションって書いたけど、僕が想定しているのは、イノベーションを自動的に引き起こすインベンションっていうもののようだな。それと、本質的にイノベーションはイノベーションを自動的に引き起こすインベンションのみによって引き起こされるのではないかと。
複利ってことの異常なまでの重要性はその見つけにくさにも宿ってる。一般的にはあまりにも些細に見える0.1パーセントという差が、それを持つ現象が回転する速度等によっては何万倍にもなる。1000回回転するなら1.001の1000乗=2700パーセントの差になるというところにある。1パーセントもあれば、これは2,000,000パーセントだ。まあつまりイノベーションにおいては、とかく粒が重要である。
日本の中小企業の起業家と技術領域で戦える起業家(僕が狙っている領域)の差はここにある。僕たちが事業計画を書いて、少しこの粒を用いて事業を動かしてみる。そのあとに、普通の起業家がその軌道をみて、想定通りいっていないと思ったとしても、彼らの着目は、売上にあり、僕らの着目は、粒の差の維持と、爆発するための経路探索の質、そして究極はROI証明にあり、ここに大きな差がある。彼らは、この手のものの曲線の描き方を想像できないのではないかなと思う。99パーセントの、ITがらみって思ってる起業家も、技術畑でなければ、あるいはその素地がなければ、このミクロの粒が爆発するタイプのイノベーションの意義は体験できないと思う。実はこういう成功例を調査している。でもこういうことはまだ日本では起こってないと思うから、誰も、僕もわかっちゃいないのではないかなとも思うが、でも想像では、ある程度周りで成功している人や、中小企業として優秀な成績をたもっているような起業家、あるいは経営者もいるが、なにか感覚がずれる。
日本でしかみれてない、普通のベンチャーとかではなく、真に技術的価値があるインベンションを有し、また巨額の利益を世界に作り出せるようなイノベーションを技術領域にて手がけるイノベーターは、常に、割合と、それが1000乗されるスケールの利益を考えるといいという暫定的ではあるが強い意見を持っている。僕は取り組んでる途中なので暫定的になる。ちなみに普通のベンチャーキャピタルの人にハンズオンで経営ではいってもらっても、彼らはこのたぐいのイノベーションを手がけたことはないはず。彼らがあなたより優れた戦略をくれるとは限らない。
機会損失の話だけど、1000乗された時にでる差に注意する。あなたはスターバックスでコーヒーをかってもいいとおもってるし、そんなことは些細だと思っているかもしれないけど、あなたのスターバックスでのコーヒーは一杯ごとに500マンの損失をもたらしている可能性がある。今の500円をイノベーションのためにつぎ込むこと。
繰り返すが日本の銀行、投資銀行でも、投資家でも、(彼らが十分にクレバーであり、ちょろっとならこいつにならお金出すのはまあ平気そうだなー程度の判断をくだすくらいだとしても)このようなタイプのイノベーションの成長の構造を理解していないと思う。このケースでは、粒の質と融資側、投資側の原理、つまり投資モチベーションとは反比例すると考えられる。普通の起業に対する融資から遠ざかるから。まあシーズという言葉があるし、シーズ投資がないといったようなところで語られてはいるのだが、その本当の意味、粒っていうことの意味って本当にわかってるんだろうか。ちょっとどこをみてもしっくりいく回答がない。自分の中にはある。普通の人は、「自分だけが正しいことをしっているようだ。」という回答は採用しないと思う。
だから資金調達は慎重にやらねばならないし、基本的には自己資本でいくのが正しいようだ。すると自己資本を増資するのは単純に拡大再生産という名の複利現象になる。だから資金のぎりぎりまでその回路を回るように設計するのが好ましいし、一杯のスターバックスコーヒーの費用でさえそれにつぎ込むことがこのましい。コーヒー一杯ごとに最低でも10万の機会損失になるだろう。逆にあなたの粒を信じるということはこの数字を信じるということ。あなたの粒を強くするということは、これに値するのかということを問うことだと思う。本当は顧客にとわねばならないけれどもね。
機会損失について書いていたんだった。つまりベンチャーの例で強調されるような、小さな粒とその複利計算後の評価をして投資をしていくというスタンスは、個人のスケールですら、特に習慣等の辺りで大きな意味をもつ。
たとえばそれはあなたのよいところ、とかいった些細なものでもよい。もしも「健康をそこなう日数を年間1日でも増やす」といったことがら(という投資可能な現象)が、あなたの考えているいろいろ他のことがらと比較して、5パーセントほどでも重要であると判断できたならば、より些細な改善や、より些細な日常やってしまっていることと比較する際に、100乗してみよう。あなたがその手に入る一番の改善にきちんと投資する資本をほかのことに消費してしまってるならば、一回ごとに、つまりコーヒーの一杯ごとに、1万円の損失がなさている可能性がある。
粒をみつけるのが大変だ。生活の中でこの粒を見つけることはとてもとても大変だ。漠然として、複雑で、途中途中にはげた部長が潜んでいるスープスパゲッティの海から白馬の王子様を見つけるかのように大変な場合がほとんどになる。そのためのヒントが、複利だよっていう話。これに集中して努力を積み重ねれば、よくなるかな。とおもったら、100乗してみよう。あとは、これをやってたらどれほど損するかな、とおもったら、100乗してみる。
もっかい精査したい。ほとんど自分に言い聞かせる的なポスト。
Nov 03 2009
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